第二子が誕生後に1週間、NICU入ってる間に考えた3つこと。

子育て・家事

第二子が誕生後にNICU入ってる間に考えた3つこと。

今日は第二子出産の話です。第二子が11/2に生まれました。男の子です。第一子であるお姉ちゃんが弟のことをさっそくいじり倒しており、お姉ちゃん風をビュンビュンに吹かしています。

お姉ちゃんにビシビシに仕切られまくりそうでいまから将来が案じられます。そんな第二子も11/2に生まれた直後は、NICU(Neonatal Intensice Care Unit、新生児集中治療室)に入っていました。

1週間ほどNICUに入ってる間にぼくが考えていたことを書きます。

NICUって、どんな環境なの?

NICUってなじみがない言葉ですよね。要するにICUと呼ばれている集中治療室の新生児版です。産まれたばかりの赤ちゃんが、早産で生まれてたり、呼吸障害があったり、先天性の疾患を持っていたりしたケースに入る病室です。何があってもよいように、24H体制で1人の赤ちゃんにつき、1人の看護師さんがついています。

なんでNICUに入っていたのか?

第二子は帝王切開で11/7に出産予定だったので、近所の産科クリニックで11/1に定期検診を妻と一緒に受けに行った時に、切迫早産の可能性があると診断されたために、その後すぐに自宅の鎌倉から車で約40分の横浜の病院に緊急入院。

その後、翌日の11/2に帝王切開で第二子が誕生しました。手術の現場には立ち会えなかったものの、第一子のお姉ちゃんと一緒に、生まれたばかりで、元気になく赤ちゃんを見てほっと一息。その日は、妻と第二子を病院に残し、第一子と自宅でささやかなお祝い会を開きました。ぼくはビールで、第一子はジュースで。

翌日、午前中にお姉ちゃんと一緒に、病院に妻と赤ちゃんのお見舞いに行って、帰ってきてからミートソースパスタを食べていた矢先に、妻から「酸素濃度が低くGBSというウィルスに感染している可能性もありNICUに入って抗菌治療を始めると医師から説明を受けた。」と連絡がありました。

酸素濃度?、NICU?、GBS?と何のことやら分からず、妻に電話したところ、オロオロと泣いているようでだったので、すぐに、子供を近所の同級生の男の子がいるパパ、ママに預けて、兎にも角にも急ぎ足で病院に駆けつけました。

すると、そもそも出産前の産道の検査でGBSというウィルスが陽性であり、帝王切開であれば産道を通らないのでリスクは低いが、GBSに感染している可能性があるとのことでした。GBSというのは、B群溶血性連鎖球菌と呼ばれ、ひどい場合は、髄膜炎、敗血症に陥るケースもあるという菌と聞いて「こりゃ、えらいことになったな。」って感じでした。

出産は何があってもママが大変?

赤ちゃんの呼吸が安定しないので、NICUに赤ちゃんを入れることになり、病室に取り残された妻。本来であれば赤ちゃんを自分のベットの隣に寝かして、授乳を繰り返す日々を送るはずが赤ちゃんとは離れ離れ。この時の妻は、重篤な状態になるかもしれない、障害が残るかもしれないしれないという説明を聞いて、自分が妊娠していた時の生活が悪かったのかもしれないと妊娠中の記憶を反芻しながら責任を一人で強く背負ってしまっていました。

本当に子供の出産ということに対しては、パパは無力だと感じました。付き添って心配な気持ちを共有することは出来たとしても、子供を産む母親として感じる責任というのはパパには背負いたくても背負えないものがあると感じました。

それでも、その責任に押しつぶされそうになっている時に、病院に駆けつけられたのは幸いでした。苦しい思いを背負っている姿を見て、話聞くだけでも十分でした。この役目は、医師ではなく、妻の母でもなく、ぼくにしかできないことであると強く実感をしました。

近所のパパ、ママに助けられて感謝?

病院に駆けつけるとなった時に、予定よりも早い出産だったために、妻のお母さんも来ておらず、とはいえ第二子の一大事に第一子を連れて行く訳にもいかず、相談したのは近所の同級生の男の子がいるパパ。事情を説明して夕方から夜にかけて少し預かってくれないかと相談したところ、二つ返事でOKとの事でした。

これには本当に助けられました。第一子のお姉ちゃんも普段から一緒に遊んでいる近所の子のおうちには慣れっこなので、大人しく預けれて、ぼくが妻の入院する病院に行って、呼吸が浅くNICUで酸素濃度調節付きの保育器に入ってる第二子に面会して帰って来たときには、晩御飯を食べ終えて同級生の男の子とそのパパと一緒にお風呂に入ってくれているという状況でした。

その間にも、その同級生のママとバァバには状況の話を聞いてもらいながら不安な思いを共有させてもらって、ぼくも、少しほっと気持ちを撫で下ろすことが出来ました。

何があっても自分の子供?

当初は白血級の値も異常に高く、GBSという菌に感染している可能性があったものの、その後、徐々に回復していき、酸素濃度も外界と変わらないレベルまで落としても呼吸が安定してきました。
1週間後には問題なくNICUから出ることができました。その翌日には退院。結局、GBSに感染はしておらず、出産時に羊水を大量に飲んでしまったことから肺に水が溜まってしまい、その水が血液に溶けて尿として排出されるまでの間に、呼吸が浅い状態が続いたようです。

この第二子がNICUに入っていた1週間は、妻とは話しながら、「重篤な症状に陥って最終的に障害や後遺症が残ったり、もしくは最悪の事態に陥ったとしても、かわいい我が子は、かけがいのない我が子だよね。」と話していました。

この子が、いかなる状況に直面しても、大変な困難があったとしても、乗り切ってやろうというポジティブな感情にみなぎっていました。不思議なのですが、それが親になるということなのでしょうか。

最後に

今日は、第二子誕生に関する話をしましたが、すでに子供のいる共働きパパから「そうだよね~。」と少なからず共感が得られるのではないでしょうか。

もしくは、これから子供を授かろうとしてる夫婦にとっては、「親になるってことは大変そうだけど、そういうものなのか。」と子供を持つことに少しはポジティブな気持ちになれたのは
であれば非常にうれしいです。

それでは、失礼します。

書いている人

プロフィール

けいのすけ
共働きパパブロガー。鎌倉市在住。34歳。2児の父。

自称、料理研究家。ロングボーダー。「賢く、シンプルに、かっこよく」共働きパパになるべく活動中。